厳選したヨーロッパのタンニン鞣しの革を中心に使い、一点物の総手縫いの革小物の制作・販売をしています。leon


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カテゴリ:福岡( 12 )

2015年5月5日河内藤園(Kawachi Fuji Gardens)満開。色、揺らぎ、香りの絶景

2015年5月5日本日北九州の八幡駅から、タクシーで河内藤園に行ってきました。
晴天。

まるでジブリの世界の様に生き生きと色と色が重なり、藤の種類で変わる香りに包まれ歩く。
木漏れ日のもと、桜吹雪のように藤が舞っている光景は、美しいの一言でした。

あんな素晴らしい景色を育ててくれた人がいてくれたおかげです。

写真は1枚だけ載せておきます。
あとは、ご自身の目で見てみてください。

以下は簡単に情報を載せておきます。(確実ではありません。)

5月5日現在満開(入場料1000円)花びらは開き、散り始めています。

朝一(8:00頃)に八幡駅について、向かいました。
相当の渋滞があるかもしれません。

足場は少しぬかるんでいるので、歩きやすい靴をおすすめします。

蜂がたくさん飛んでいますが、不思議と刺されている人は見かけませんでした。

混雑時は三脚は禁止のようでした。

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世界には近くでも遠くでも美しい場所がたくさんあります。
人生であと何回、一生忘れられない景色に出会えるのだろうかと、ふと考えてしまいました。

地球は本当に美しい場所。
by sittemasuka | 2015-05-05 23:15 | 福岡 | Trackback

ここ数ヶ月のこと 転機

気がついたらどうやら夏が終わり、肌寒い秋がやってきているようです。
中州の路上を始めてから色々なことがありました。
流れと言うのはどこからともなくやってきて、季節の移ろいに気がつかないほど違う世界に運んでくれるようです。

荒れ果てていた部屋もすこしづつ風が通り、衣替えなども何年かぶりにしました。
今年の寒さに備えてどう暖をとるかなど、煙草をくゆらせながら、ポツポツと考えています。
どう生きていくのかも、ポツポツと。
何だか冬支度にそなえるケモノのようです。

今年の夏は奇妙で面白く、温かいホカホカした夏でした。
中州の路上も、るんちゃんと何日も明け方まで橋の上で路上し、明け方カラオケボックスで眠って路上に行ったり、ジョイフルで朝までしゃべったり、何だか家なしの旅の中の時のようで、奇妙で楽しい日々でした。
路上には、お客さん以外の人にも色んな人に出会って、流れの中で終わりを告げました。
いい場所には、それなりの理由があるようでした。
今振りかえると納得できるけれども。いい路上でした。

その間や後にも、前に会いに行った人がやってくれるヨガを受けに行って、新しい街を探索したり、終電をとおりこして駅の前で話したり、夜通しジョイフル、河原で昼寝。
みんなで出店に行ったり。
新しい路上探しの中で、奇妙なネパール料理屋を見つけて、ヘナを書いたり、
行ったことのない商店街を探索したり、
西陣で路上を始めたり、
久しぶりに古着屋やケーキ屋さん、デパ地下などに行ったり、
コラボで色んな作品を作ったり、
写真を撮ったり、
絵を描いたり、
散歩したり、
コラボで名刺の仕事をしたり、
チョークアートを始めたり、
ウェルカムボードや看板の仕事を始めたり、
サプライズ結婚式をみんなでやったり、
車を運転したり、
まともに料理をしたり
栗などを剥いたり、
自分の部屋を掃除したり
人の部屋を掃除したり、
5人でパフォーマンスに向けて海でジャンべの練習をしたり、そのイベントで、見てはいけないものを見たり、
改装の壁塗りを手伝いに行って、夜通し体から離れて話しながらUFOみたいなものを見たり。
今までと違う大人にあったり、
久しぶりに怒られたり、
今までにない温もりを知ったり、感性を共有したり。温かい涙を流したり。
仕合せ「天のめぐりあわせ、なりゆき、人の意図をこえたもの、すべてを(いいことも、悪いこととされていることも、)現す」を知ったり。
他にもたくさん色んなことがあって、夏が気が付いたら、終わっていたのでした。

ここへきて、旅を休止を決めた時のように、人生を違う視点から最近ぼ~と見ている、自分がいます。
大まかな方向は変わらないのですが、そこに、前でいう(自分の表現)のように、
今、とても大切なものが、目の前にあります。仕合せだと思います。
 それは、大切な分だけ、向き合わなければならないと思います。
社会とかお金とか住む場所とか人との付き合い方だとかこだわりとか、そんなものとも。
近頃は自然にいい方向に自分を変えられているようです。
前に恩師が言っていました。自信がある人は、自分を変えられる人だと。
自分もそういう風に思います。
こだわりや、栄光の様なものは作りもので、
大切な人や屋根や食物や温もりのある中で生きられることの方が仕合せに近いように思います。
今までよりも大切なものがふと目の前に現れた時、ふと、自分は前よりも声を聞きとれるようになっているのか?と思ったりします。
前よりも成長出来ているのか?と思ったりします。
楽しい未来が想い描けた時に、そこには、いくつか壁があって、乗り越えられた時にまた違ういい未来があるのかもしれません。
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by sittemasuka | 2011-10-06 00:10 | 福岡 | Trackback

imagine イマジン

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ついこの間、赤村のアースデイに行ってヘナを書いてきた。
小さなイベントながら、何人かの人にヘナを書いて、何人かの人と話が出来た。
一人の人とは、竜の事や宇宙人・ヨガ・瞑想・悟り・感覚の話などなどとりとめもなく。
とりとめもないし、行く先もなく、目的もなく、着地点もないはなし。
でもやっぱり、それはやり方、伝え方の違いがあるだけの同じはなし。今のはなし・感覚のはなし・交換。
旅をしている間よくした話。
年々・・日に日に・・刻々とこういう話をすることが多くなっていく。
現実的な話の中で、気持ちの話の中で、伝えたい話の中で、作品の中で、これからの話の中で。
地震と原発ののあとでは、色んな形で(同じ)ことをそれぞれの伝え方で共有して、形のない(いつもそうなのかもしれないけれど)これからにむかうために(交換)しあっているように思う。

こういう話を、色んな人と、色んな場所で、その時その時交換している時、ボヤ―とした言葉みたいなものがある。
それは何なのだろう?と違う頭で考えている自分に気づく。
無意識にいつも同じ歌に意識が行く。ジョン・レノンの「imagine」
そう。あれもこれもそれもイメージ・想像。ボヤ―っとした確かなもの。


単純な歌だから、奥が深く、それぞれの人があるいはまったく違った受け取り方の出来る歌。



例えば、あくまで自分目線でかってに訳してみるとこんな感じ。

Imagine there's no heaven     想い描いてみよう   楽園はないんだと
it's easy if you try             見方をかえてみれば単純なこと
no hell below us            足元には絶望はないし 
above up only sky           頭の上にはただ空があるだけ
imagine all the people       想い描いてみよう ただ生きている人たちのことを 
living for today...

Imagine there's no countries    想い描いてみよう 国のない世界を
it isn't hard to do             難しくない  
nothing to kill or die for        命を奪うことも死ぬ理由もない
no religion too               そして、決められた信仰もない
imagine life in peace...         想い描いてみよう ココロ安らかに生きている世界を 

Imagine no possessions       想い描いてみよう 物に求めないことを     
I wonder if you can           想い描ける? 必要以上のものを持ちたがったり     
no need for greed or hunger    餓えたりすることもない世界を。
a brotherhood of man         みんなつながっている
Imagine all the people         想い描いてみよう みんなが補い合うことを
sharing all the world...

you may say I'm a dreamer     僕を夢追い人だというかもしれない
but I'm not the only one        でも、だだの一人の想いではないよ
I hope someday you'll join us    いつか手をとりあって
and the world will be as one    世界は一つにもどる

自分で訳してみると解ると思うけれど、人によって全然違う歌になる。
それでいいんだと思う。
「imagine」イメージすること。
話はもどって、イベントの時福島から避難してきた人と色んな話をした。
その中で(福島から避難してこない人は何で避難してこないと思いますか?)と。
国の言葉を信じている人、仕事の事、慣れ親しんだ土地の事などなど、だいたい思っていた通りの事が帰ってきた。
何人かの人に同じ質問をした時もおんなじような答えだった気がする。
そこで、共通する一番のことは、あぶないとか避難しようとかいう人を、それが出来ない人が(たぶんその人たちも気づいているのだけれど、イメージすると現実を変えたり、色んな物を捨てなければいけなくなってしまうから、そこから、目をそむけてしまうのだと思う。トラウマやカルマから目をそむけるように。)意図的ではないにしろ足をひっぱっている気がする。また、そんな自分を責めている。

今。又はこれからのこの世界の分かれ目はイメージするかしないか。
原発や今の社会は、目に見える物、数字で示されるもの、前例があるものを見(イメージしなくてもいいもの)、見えないもの(イメージしてみなければわからないもの)からは目をそむけて、耳をふさいでいる。
国や原発の開発者やマスコミや自分たちが、
死んでいく水のこと
空気の事
食べ物の事

気持ちの事
仕事の事
子供の事
友達の事
家族の事
未来の事
他の未来があること
変えられること
そんなことを少しでもイメージ出来ていたらこんなことにはなっていなかったと思う。

だから逆に、これからは、イメージすること、それを共有することがとても大切なことだと思う。
目の前の事実はイメージで変わる。未来もイメージで変わる。

ジョンレノンの描いた世界はオーストラリアにいたころのピッピーの人々と共有した時間や言葉や感覚と同じ。
あらゆるくだらないボーダーを取り払えばあんな世界になる。
必要な物は数えられるぐらい。

屋根と飯と自然と人と楽しいこと。

進化ではなく還元

和をもって尊しとなす

色んな所で村づくりが始まっている。

地力(食べ物や家)
どこでも出来る仕事
もっとはっきりとした、どう生きていきたいのかのイメージを得ることが必要なのだと思う

by sittemasuka | 2011-05-23 02:23 | 福岡 | Trackback

合作の応援CDについてと思うこと


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ジャケットのタイトルは 「結い」。想い結い。
ジャケットの表紙のように、寝ても覚めても見ていると思います。
地震について、傷ついた人について、津波について、友達について、家族について、原発について、情報について、自分が出来ることについて、地球に付いて、応援の言葉について、政治について、食料について、寒さ温かさについて、エネルギーについて、未来について、本当のことについて、うそについて、日本について。まだまだきりがなく浮かぶ想いの渦が世界中に霧のようにただよっている。見えないものを見ている。

陰と陽が入れ替わり立ち替わり心を支配しているようです。
関東の友達に電話すると、みんな笑っていました。深刻なこともあるようなのですが、とにかく笑っていたので、安心しました。
もちろん、東北の方々の気持ちは分からないので、安心と言うのは、こちら側の話です。
 動画にはたくさんの応援メッセージがあふれ、世界からも応援メッセージがあふれています。
中には的外れな意見や、中傷、根拠のない噂、情報操作っぽいの、仮説、憶測などはやっぱりありますが、
中心として覆っている雰囲気は、「陽」いいこと・思いやりのあるニュース、応援、力をあわせることなどなど。

政府とマスコミは置いておいて、日本はやっと日本を取り戻そうとしているように見えます。忘れていた心。アイデンティティー・隣の他人のこと・危険・平和・無知であることについて、正しい情報はどこにあるのだろう?原発など(知らないことの)恥ずかしさ。この国がどうなっていけばいいのかを考えること。日本人の持っている良いところ。失いたくないもの。平和。自分にできること。

自分も今回のことで、無知なこと、無関心なこと、日本が嫌いなこと。日本が好きなこと。日本民族のアイデンティティーが自分の中に無いこと、地力(食物を作ったり、生きていく力)がない、などなどを痛感している。
現に今も何もできていない。

今必要なのは募金なのだろうか?確かにお金は復興にはやくにたつし、何をするのにもお金がいることは確かだ。
でも、今回のことで、思う。
お金で作った物は、綺麗に流されて、お金のせいで、命が後回しにされているように思う。
被害にあっている人の気持ちは分からないのだが、きっと、何かを食べたり、寒さをしのいだり、雨をしのいだり、大切な人と一緒にいれること、安心して暮らせるところとか、単純でありがたいことを願っているように思う。
被害にあっていない九州が出来ることは、それぞれが、避難してくる人の場所をつくったり、食べ物を作ったり、自然エネルギーにシフトしてみせたり、
まず、九州を強く大きくして、やってくる人々を受け入れたり、落ち付いてきてから食べ物を送ったり、そんなことのように思う。半分ぐらいは九州にお金を使う。
 お金の流れは見えない、東北関東はやっぱり、九州からは遠い。食物や家は見える。
今しなければ、ならないことは、地力(食物を作る・エネルギーをシフトする・家を建てる)をつけることのように思う。
そこには、やっぱりお金がいるし、一人ではできんし、余っている力とやりたいことと、出来ない自分。何からやっていいのかわからずもやもやもやもやの毎日である。

今がやる最後のチャンスの様な気がする。世界が終らないためだとか(そんな心配は全然していない)ではなくて、やるべきことをやるチャンスなような気がする。

時は幕末。このままでは傍観者のままだ。
そろそろ、移動の季節なのかもしれない。
この先はやってくる流れを待つだけではなかなかうまくいかない。それとも流れがどこにあるのか見失っているのだろうか。。ここ数年なかなかいままで、見えていた流れがうまく感じ取れないでいる。何かを得ると何かを失うとは本当に巧くいったもの。その逆もあることも感じている。変わる時にはやはり、時間と痛みがともなうもののよう。

気がつくと関係のないことになってしまいました。
つまりジャケットタイトルの「結」は良いも悪いも置いておいて、日本と色んな人の想いを結う。

3月21日のイベントは一つ前の日記になります。




アカルイミライ。
by sittemasuka | 2011-03-19 23:10 | 福岡 | Trackback

停滞期を抜けて、循環期へ。個から

最近はありがたいことに、仕事もあり、撮影もあり、依頼もあり、写真をプレゼント用に買ってくれるひともいたり、グループ展の予定、山の祭にも行くことができ、生活費に悩まされる毎日からも少し遠ざかり、動く活力、新しい動きが見える。
 停滞期は長く、断続的な生活の心の疲れと、いまひとつ広がらない状況におちいっていた。(現実は恵まれど、心は何かに引きとめられていたという意味)
つい1か月前、久しぶりの感覚が、突如やってきたのである。(抜けた!)という感覚。
自分でちまちまと見つけては背負い込んでいたもや、外からへばりついてきたものたちがある日突然いなくなったのである。嘘のように。
人生の階段の3階の入り口にい立つことができたのである。 

第1期はひたすらに自分との戦い。
第2期は孤独と出会いのありがたさと実感と自由を知る旅
第3期は人と接すること。

大きなきっかけは何年か前の福岡路上(たった1ヶ月ほど)と今ここにいる場所と人のおかげ。
 思えば引っ越し三昧、名字も3回変わって、おまけに旅に出て、やることもも増え続けていく世界でいきてきた。(今もだけど)
ひとことで言うと断続的な世界のなかで。
 風が吹くとがらりと現実は変わっていくのだ。何だか狩猟民族のような生活だ。
狩猟民。ず~と旅を続けて死んでいく人々はまさに断続的な生活なのである。
 ずーと旅をしていて、疲れたりむなしくはならないのだろうか?それが自由の代償なのだろうか?
旅は帰るところがあるから楽しめるものなのではないのだろうか?
そんな考えの中ある本にであう。その読んだ一節が第3期の始まり。
アフリカのことばで「SAFARI」という言葉がある。
1言で「旅」という意味である。狩猟民族の彼らは、故郷を持たない。そんな彼らは大切な場所に自分の心をおいていく。そして長い人生の旅を終えた魂は心を置いてきた故郷に帰っていくのである。そんなことが書かれていたと思う。
 故郷は初めからあるものではなく築き上げていくものなのだと思った。
その頃から「大樹」に惹かれていく。どっしりと逆らわずただ生きる姿に心を奪われた。
大樹も放浪の末、根付く場所を見つけ、根を伸ばし、やがては新しい命の宿り木になっていく。
 同じ場所で流れるように生きているのだ。
話がどんどん分散するけれど、言いたいことは、
根を生やすこと。
でも、今はまだ場所ではなくて、自分の中に。
それに必要なことは、出来ることを増やすこと。体験すること。では足りない。
どうやら、「人」が大切なようである。
わかってはいたけど、自分の中よりも、人の中の自分のほうが、はるかに手ごわい。
こだわりを持つことよりも、受け入れることのほうがはるかに手ごわい。
知識を増やすことよりも、素直でいることのほうがはるかに手ごわい。
別れよりも、寄り添うことのほうがはるかに
 この1年チョイはまさに第3期の勉強の場であり、人の場所であったのである。
肝心なことを書く前に長くなってしまったので、いつかに続く。

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by sittemasuka | 2010-05-02 00:30 | 福岡 | Trackback

川部さんの木彫りとコラボ

川部さんの今にも動き出しそうな生きている人形たちと写真でコラボしてみた、第1段
 

by sittemasuka | 2009-12-01 20:22 | 福岡 | Trackback

花火 hanabi

花火フォトコンテスト
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by sittemasuka | 2009-08-02 10:50 | 福岡 | Trackback

大堀花火と久しぶりの旅へ 

 花火を撮るのはなかなかに難しいものであります。
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8月6日から久しぶりの旅にでます。沖縄に屋久島。
沖縄に屋久島御嶽、大樹巡り、バルブ撮影をする予定。
 色んな物から解放されて、心をフラットに戻してきます。今回はどんな出会いや物語が待っているのかいね〜 
by sittemasuka | 2009-08-02 10:11 | 福岡 | Trackback

九州の巨樹に会いに。。。

九州。宇美八幡宮にある巨人に会いに行ってきた。
 ひとつの樹なのだけれど、森を名前に冠する楠の巨樹だ。

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湯蓋の森
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衣掛の森
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迸るような生命力がひしひしと
by sittemasuka | 2009-05-25 23:30 | 福岡 | Trackback

流木の花台、水滴の中の緑

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by sittemasuka | 2009-05-15 17:22 | 福岡 | Trackback