厳選したヨーロッパのタンニン鞣しの革を中心に使い、一点物の総手縫いの革小物の制作・販売をしています。leon


by sittemasuka

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

検索

カテゴリ

全体
お知らせ
詐欺サイトにご注意ください
製作工程~革小物ができるまで
レザー作品
レザー商品販売サイト
革小物オーダーについて
長財布・手帳セミオーダー説明
商品一覧と特徴
革の比較と特徴の説明
バケッタレザーとは?
革の経年変化とお手入れ
使用皮革
Many CHOICEとは
ギフトラッピングについて
お気に入りの良い物・本
長く続けてほしい旨いお店。
日々
純喫茶探訪
。。
ヘナアート
ラメヘナアート
アジア旅行記
沖縄
日本
民族楽器
夢の島オーストラリア
茅ヶ崎ギャラリー 
福岡
未分類

タグ

(366)
(248)
(193)
(154)
(123)
(113)
(97)
(94)
(87)
(73)
(63)
(62)
(52)
(50)
(47)
(44)
(43)
(33)
(31)
(29)
(16)
(15)
(15)
(14)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(9)

最新の記事

セミオーダー・プエブロコンパ..
at 2019-07-18 15:41
セミオーダー・イタリアンレザ..
at 2019-07-11 15:52
セミオーダー・病みつきエルク..
at 2019-07-10 13:51
消費増税の愚行ととどめ
at 2019-07-03 17:58
革の宝石ルガトー・2つ折りコ..
at 2019-07-03 17:25

記事ランキング

以前の記事

2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 10月
2011年 08月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 05月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 04月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 02月
2006年 01月

画像一覧

ブログパーツ

ここにブログパーツのスクリプトを入れてください。
  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

ブログジャンル

ファッション
シンプルライフ

ファン

カテゴリ:沖縄( 8 )

沖縄海の旅 クジラと結家

f0032021_1561475.jpg
今日は沖縄最後の日。
 ばーちゃんのお見舞いに沖縄にほんの短いあいだやってきた。
今回は短いこともあって、結構道端へ、山へ、海へほっつき歩いた。
いつものように、直行で名護にやってまいりまして、こうり島。イガヤ島。アコウの樹。サキシマスオウの樹・山ガメcafe・フクルビcafe・海の上に、今帰仁。ホエールウォッチング・北谷アンティーク家具やなどなど。動いていた割にどこへいってもボーっとしていただけなきがする。それも、いい天気のおかげ。
一番面白いのは、何気ない道をほっつき歩いたり、木に逢いにいったり、楽器をたたいたりなのはいつものことなのだけれど。
そして、今回のお宿は、引っ越して、開店前の結家さん。
今回は何となく本部らへんと山と木を期待して決めていたので、車を走らせると、思い出したのが、色んな人から聞く結家さん。
電話をして、(省略)で開店前の結家にたどり着いたのだ。広大な敷地・倒れて引っ越してきたガジュマル。そして、海と太陽。特等席。人。泊っているのは、ほとんど、自分だけで、後はスタッフと名物女将さん。みんないい人・個性的。
朝はカリンバ・昼にヘナ・夕方に絶景の岸壁の上でジャンべみんなでご飯・夜に星とゆんたく。
ゆったりと、いつも聞こえてくる波の音のように、降り注ぐ日差しのように、優しく滑らかな時。
それを結・ぶ・家。集まる人々。
f0032021_1562715.jpg

f0032021_1582140.jpg

f0032021_1584616.jpg

f0032021_1592494.jpg

f0032021_1595932.jpg

f0032021_15102993.jpg

f0032021_15105724.jpg

f0032021_15113566.jpg

f0032021_15123742.jpg

f0032021_15133042.jpg

f0032021_20101657.jpg

f0032021_2010331.jpg








良い宿屋さん。
旅は宿と天気と人次第とつくづく思うのでした。
少しだけ、気持ちの力が抜けて、かなり、体の時間がもとの速さにもどるよう。
旅はやはりいいものです。
by sittemasuka | 2011-02-11 15:15 | 沖縄

アーチガジュマルと本部のオカシナ、ステキな おさむ工房

 本を読んで数日を過ごしていた。 
昨日は、ヤンバルの山をちゃりで登って、今日は久しぶりに巨樹と工房めぐりに、本部の方へ足を伸ばした。
沖縄のスピードでのんびりと車はひたはしる。
 空には大きな入道雲が立ち上りエメラルドの海、オレンジの太陽、真っ青な空、真っ白な雲、赤と青を含んだ生温い気持ちのいい風のからふるな世界の中を音楽に乗せてひた走る。
 久しぶりに、きしもとで沖縄そばをいただいて山間の風景の中へ。
何度も行きそびれた、アーチガジュマルに会いに行く。といっても、山里の山中のどこかとしか情報も無く、気ままに縁を頼って、のどかな山間を走っていると、いい感じのでかいガジュマルがあって、車をとめて、人んちのサトウキビ畑をくぐり抜けて、写真を撮って帰ってくると、工房の看板が出ていて、何となく行ってみた。
 すると遠くの方に日本昔話の竜宮城が間違って、丘の上に現れた。
地味な看板(本人曰く、目立ちたくないそう)からは想像できないようなシーサーとおじいの世界が現れたのです。入り口に向かう途中から、入り口から、広場から、階段から、屋根のうえから、縁の下からどこもかしこも笑顔のシーサーだらけで、建物は、漆喰、赤瓦、遊び心が、ちりばめられたというより、遊び心がそのまま形を作ったような楽しいい空間が広がっていた。シーサーとシーサーと犬と猫と虎やら何やらと古道具の間に人間がお邪魔して辺を徘徊している。そして、やたら、外国人率が多いのだ。オジー曰く宣伝もいっさいしないそうで、口コミだけとのことなのだが、どこから耳にして外国人はくるのだろう?もしかすると、ロンリープラネットに出ているのだろうか。。。
 ここの作者のオジーはキラキラした少年のようなステキな人だった。ちょっとのつもりが、3時間近く色んな話をした。もちろん物作りは大好きで明るくて、絵に描いたような、少年オジーと少年オジーの間に垣間見えた、介護の話をこれ又明るく話す大人オジーのかっこよさは、シーサーの表情にも、この竜宮城にもにじみでている。お茶屋さんのおばちゃん達も明るいさばさばした良いひったちだった。ついでにただで泊まれる寝床も獲得した。
 その後、もう一つのギャラリーにうさとさんの草木染め服展に行ってアーチガジュマルと浜本のガジュマルに行ってきた。
後は写真にて

アーチガジュマル山里の山の中。家の門の様におわしました。気ままです。銘木です。
f0032021_2311258.jpg
f0032021_23122437.jpg
f0032021_23123693.jpg

浜元のがじゅまるさん
f0032021_23125539.jpg
f0032021_2314574.jpg

by sittemasuka | 2009-08-15 23:14 | 沖縄

旅立ちは台風 オーシッタイとガジュマルの木

前の旅同様旅に出る日は台風だった。
 乗る予定の飛行機は欠航とのこと。JAL も ANAも夕方まで欠航とのことだった。
それでも何だか、生ける気がしたので、次の便を予約した。それから4時間空港で待ってみると。
降りられない場合福岡に引き返す条件付きなる飛行機が飛ぶことになった。やっぱり。
 飛行機は飛び立つ。いつもの様に。しばらくすると機内は雲の中に突入して少し揺れたものの、無事に着陸。どこからとも無く拍手が巻き起こる漫画のようなフライトだった。
 この三日間は名護の守り神のヒンプンガジュマルに会いに行ったり、御嶽に巡り会ったり。(独特の光をまとった)秘境?オーシッタイに行って、ガジュマルの木の上でカリンバを惹いたり、オッチャンとツリーハウス計画を話したり、まったりゆっくり、風と鳥の声を聞きながら時は流れて行く。
名護の守り神。街の一部のようにとけこんでいる
f0032021_18434152.jpg

f0032021_18451711.jpg

今日あった優しい樹。苗木縁のオッチャンが植えた樹。ここにツリーハウスとブランコをたてよう計画が浮上した。
f0032021_18453776.jpg
f0032021_18472246.jpg

オーシッタイの中にあるお茶屋さん。
f0032021_18473767.jpg

無農薬のすももジュースにケーキはすばらしくうまかった。
f0032021_18484687.jpg

やはりヤンバルのもりはいい
by sittemasuka | 2009-08-09 18:50 | 沖縄

本島周辺 御嶽巡り。

かなり前のことなので、ちょっとした間違えは許してほしい。
沖縄、宮古島周辺、大神島へ行って、台風がきて、飛行機が飛ばなくなって、大神島へ行った子と御嶽巡りをすることになった。しかも、先に帰っていたシャーマンの人と合流することになり、その人が御嶽をよく知る人を知っていて、連れて行ってもらえることになった。。。。。どうやらまだ流れの中にいるようだ。
 前に少し書いた様に、御嶽は小さなコミュニティーに存在している。沖縄の人は、自然を崇拝し、先祖を崇拝している、太古の昔から、日本人はあらゆるものに神が宿ると信じてきた。御嶽は簡単に言うと、沖縄における神社の鳥居の様なもので、代わりにインドや東南アジアなどの様々な国におけるご神木ガジュマル、石、森、グスク、水の湧き出るところ、祠などなど様々なものがある。言われないと解らないようなものも多い。
 次に沖縄における神の住まう場所、ニライカナイ。
 次ぎに沖縄における、巫女、ユタ。(ある日神から選ばれた女性のみがなれる)がある。
さっきも書いた通り、沖縄の人は先祖を敬っている。家族、お墓など、文化はほかにもあるのだが、今回はとばす。
 話は戻って、御嶽、ニライカナイ、ユタの関係は、ニライカナイから先祖や神が、御嶽におりて、ユタに憑いて、人々に言葉を伝える。本島に大切な場所で、男子禁制、女人禁制、祭りのときの限られた人のみはいれる御嶽など、様々なタブーがある。  
本島周辺における、神の島はクダカ島なのだが、それには訳がある。
 多分、ここに書くのは、その一端にすぎない。
久高島のクボー御嶽を含め、セーファー御嶽、など本島周辺に7代御嶽がある。これは、神が直接作ったとされる御嶽なのだが、そのどれも、ある場所に行くと、クダカ島が見えるようになっている。
 因に久高島のクボー御嶽には今も白装束の女性がおとずれている。男子禁制!
御嶽にはお遍路のように廻り方が存在する。
 自分の石を見つけヘンプで編んで首からさげ、俺たちは、今帰仁上りに行くことになった。馬天御嶽から始まり山に登るもの、森、祠、グスク、神社、祠、ガジュマル、など様々なのだが、印象に強く残る御嶽の一つはは、馬天御嶽(写真)、セーフぁー御嶽は世界遺産にもなっており、人々も多いところなのだが、ここは別の次元なのだ。入り口を入り、少し坂を登ると、一歩を境に静電気の海に体は浸っていた。ここの御嶽は大きい岩が割れているところなのだが、この森全体が次元が違って、とてつもなく気持ちがいい、森の少し奥に入ると自分がどこにいるのかも忘れてしまいそうなぐらい。連れて行ってくれた、人に教えてもらい、ある道を登ると沖縄の言葉で書かれた石があり、そこから、久高島が見える。。。その先にはニライカナイがあるという。その後も、海に浮かぶ御嶽やらいおこうと思っても、もう行けそうも無い御嶽を巡ったあとは湯渡をおこしたみたいに3人ともこの日は終わった後も違う場所にいる感覚の中にいた。次の日はクダカ島にいった。。。。。。。。。この後も色んなことがあった。
 この沖縄の旅で目に見えるほどの(縁)を見ることができた。今も流れの中にいる。
今手元にはあの石はない。あれから肌身離さずあった石はアジアの旅の時にバリからバンコクに3倍に腫れ上がった足とともに戻り、次にチベットに行こうか考えているある日、ベットの上で落としても割れない石がまっ二つにわれていて、帰ることにした。割れた石をどうしていいかわからなかった。2度目の沖縄西表島でジャンベを叩いていて、さっきまで見ていた石を見ると、無くなっていた。
 
 
 
f0032021_18434562.jpg

by sittemasuka | 2008-03-29 18:43 | 沖縄

神が住む大神島へ

ほぼ1ヶ月宿を共にした友達を見送ったあと、フェリー乗り場から、朝日を目指し、夜の宮古島をドラッグスターはすべるように走る。 
 二人ともそれぞれに色々な記憶の中にいる。しばらくして、砂山ビーチ以外の近いビーチから朝日を見ようということになり、向かっていたのだがどうもつかない。
 そしてなぜか、砂山ビーチへの道にでてしまった。気持ち悪いのでほかの道を見つけ、走っていたのだが、気がつくと砂山の近くにまた出てしまい、エンジンが急に止まったのだ。
 空は白み始めている。急いでエンジンをかけ、再び走り出す。2人ともそのことには触れず、奇妙な感覚のなかにいる。しばらくすると、目指していたビーチとはかけ離れた、場所にいることに気ずく。見慣れない漁港。よいよ、太陽が出そうなので、どこでも良いから太陽が見える場所に出ようと、闇雲に走っていると、すごい風の中、漁港の堤防にたどり着いた。もうここにしようということでバイクをおり、堤防に近ずくと、目の前に大神島が現れ、その横から太陽が顔を出した。
 不思議な感覚というか流れというか、説明できない感情の中で、太陽と大神島を見ていると、自然に、今から大神島にいくんだ。と、思った。2人とも同じ気持ちだったらしく。これからいくことになった。又予断なのだが、大神島の形は独特な形をしている。色々調べたり、人の話をつなぎ合わせると、神聖な山や島の形のような気がする。身近なもので言うなら、新札の1000円の富士山を見てもらいたい。水面に写っているのは、富士山ではない。一部の人の中では有名な話なのだが、それはユダヤ教最大聖地シナイ山という説がある。山の形と、影があまりにも違うので見てもらえば、わかると思う。
 その独特な形は、主観抜きにしても、大神島の形とほぼ、一緒なのだ。
 大神島へはフェリーでのみいける。宿はないので、泊まることはできない。
 フェリー乗り場について、フェリーに乗り込み、大神島を目指す。案の定、今日のこの便の客は俺たち2人だけ。レジャーなどがないので、普通の人は、訪れない場所なのだ。
 船は進む。大神島が近ずいてくる。どうやら、風も弱くなり、はいることをゆるされたらしい。
 さらに近ずき、目のまえに来ると、ゆっくりと、漂っていた雲が晴れて、雲ひとつない快晴になった。ただ、あー歓迎されたんだなと思った。
 船着場に足を下ろすとすぐ、ハイビスカスが咲いているのが目にはいる。風はあるのにその花や木は時を忘れたように止まっている。周りの木々や風や、空気が明らかに外の世界と違う流れの中にいる。沖縄を思うときの、頭の中の世界に立っているのだ。それがたまらなく気持ちのいい他のどことも違う感覚なのだ。
 大神島でまず目に付くのは岩だ。大神島を取り囲むように海に浮いている、巨大な岩がみえる。
港から入ってすぐの場所は前に書いたように、何度も工事が行われ、そのすべてが事故や病気で中止になった。その意味は、展望台に上るとわかる。展望台に登って見ると360度海が見渡せて、すさまじくきれいなのだが、ここは同時に大神島をみわたせる。大神島の回りは無数の岩が海に浮いているのだが、さっきの港に目を向けると、、、、、港の先の一角に、岩がシンメトリーに恐ろしくきれいに半円を描いている。もちろん人の手ではない、自然にできた岩の半円なのだ。
 こうなってみると、ウタキがきになるのだが、近ずいてはいけない場所なのだと思う。
 丘を降りたころには、3;00を回っていた。フェリーの最終は5:00でそれに乗って帰らなくてはいけないので、島の左半分を写真を取りながら、回っていると、ものすごく小さな砂浜があって、ここからの夕日を想像して何気なく、ここから夕日が見たいねーと話していた。しかし、そのころには4:30を回っていて、フェリー乗り場に向かっている。ちょうど5:00、ほんとにちょうどに、港に着くとフェリーが海に出ている。。。。。ここは沖縄で、それも小さい船で、これが、最終便で、ここには泊まるところもない場所で、5:00ちょうどに出るなんてありえないのだ。まだ船も近くて、後ろに客も乗っていたので、手を振りながら、合図をして、反応もあったのだが、その客が中に入ってもフェリーは引き返してこず、取り残されたのだ。男同士ならいいのだが、まだ1ヶ月くらいしか、一緒にいない子と二人。俺の旅では会って1日とかでも安く済むならツインルー無とかにも泊まるのは普通なのだが、その子の旅は俺と旅とは違うし、心配だったのだが、一人俺は納得していて、ここに一泊して夕日をみていきな、ということだと思った。
 そうはいってもとりあえず、泊まるところもないし、事情を島の人に話そうと港に行く。
行と同じおじいが、あんたら何してるね?という顔をしていて、乗り遅れたんすけど、というと、船を呼ぶしか手はないという。ふと、こうやって乗り遅れる人いるんですか?と聞くといないという。普段は5:00ぴったりには案の定出ないし、みんな早めに着てるからめずらしーねーといわれた。とりあえず、ここで待ってなさいといわれ、待っていると、海でオバーがしまらっきょを洗っている。ずっと疑問だった、大神島の名前について聞いてみると私らもしらんというのだ。次にウタキについて聞いてみると、1年に一回祭りの時に一部の女の人以外誰もちかずかないらしい。(神様は怖いよー)といっていた。どうやら近ずかないほうがいいらしい。
 しばらくするとおじいが戻ってきて、村長のところへ行って泊まれそうなところを聞くか、船を呼ぶかどうするね?ときかれた。そのころには2人ともこの島にいていさせてもらえるのだと、なっとくしていたし、なにより、もっとここにいたいとおもっていて、村長に会いに行くことにした。村を抜けていくと島の人たちが半笑いでみている。村長に話してみると、公民館にとまっていいよ。といわれ、つれてってもらったのだが、どうも薄気味が悪いのだ。なので、海で一夜を明かすことになった。
 何はともあれ夕日をさっきの砂浜に見に行く。もちろん観光客もいなく、島の人たちも島の真ん中の家にいるので、少し歩くと、ものすごくしずかで、きもちいい。思えば、朝日は大神島をみながらみて、夕日は大神島から見ることになるのだから、旅とはこういう偶然の積み重なりとであいのなかで、繋がっていくから面白いのだ。砂浜に着くと今でも鮮明に浮かび上がる。一生忘れない夕日がひろがっていた。オーストラリアでこれ以上ないだろうきれいな夕日や魂が吸い込まれるような星空を見てきたのだが、ここにひろがる夕日には神がいた。多分インド、バラーナスから見る夕日や朝日にはアラー(太陽神)があると思うのだがここには日本の神がいる。それはすさまじく神々しい夕日なのだ。見ていると、時間の流れや肉体を忘れる感覚の世界にいるのだ。
 日が沈むと星と月以外一切ない闇がおとずれる。2人は海を見ながら話している。後ろのほうからはガサガサという音と共にいろいろなけはいがする。隣にいる子は海のほうを見ようとしない。いつのころか、とても自然に前の海岸に何人も何人も人が通りすぎていくのだ。なんていったらいいか、影なのだが、服装も表情もはっきりとみえるのだ!もちろんここにいるのだから怖くはない。ここにずっといる人たちがはっきりと見えているだけなのだ。横にいる子は見ようとしないが、はっきりと存在を感じているようだ。しばらくすると、海のほうから三角形の光とは又違う何かが水面を跳ねながら飛んでいく。一晩中色々な話をしながら何気なくその光景は朝ま続いていた。。。。。。。。。。。。。この後、本島周辺の7代ウタキを中心にウタキ巡りをすることになっていく。
f0032021_139201.jpgf0032021_1394068.jpg
by sittemasuka | 2007-08-10 01:14 | 沖縄

続宮古 大神島

あの日を境に、ジャンベを叩くことも忘れ、沖縄の神々への興味に気持ちは傾いていく。
 なんといっても、興味は大神島である。沖縄には、世界的パワーすぽっと、西表島(人の骨から出るリンが光となって見える人魂、これは科学的に解明済み、これは動かない。とは別に動く人魂が見える場所などが存在する)。八重山細大の聖地波照間島、神の島久高島などなど、たくさんある。その島々中で大神という地名はどういう経緯でなずけられたのか?
 まずそれが気になり、そのなかのウタキには入れるのか?年に一度のの祭りはどういうものなのか?などなど、気になることばかりである。雨が降り続く2日の間図書館にへばりつき、いろいろな本を読んだが、大神島についての本はなく、名前は愚か、祭りの内容(後に人から聞いた話では、年に一度の祭りはウタキで行われ、女の人のみが入れるらしく、それ以外島民はウタキには近ずかないらしい)はついにわからなかった。後の本島周辺のウタキめぐりで詳しく書くが、沖縄における、神の島は久高島である。(八重山、宮古とは別々の文化をもっているので、いいきれない)なぞはふかまるばかりである。
 宮古もそうなのだが、大神島はさらに人を拒む。大神島へは宮古から小さい船が出ており、当然海が荒れれば、いけない。
何度試みても、いけない人はいけないし、一般のひとは、何もないのでいかない場所。
 予断ついでに書くと、大神島は何度も開発しようと、工事が行われた。その度に事故、病気などで、工事が中止になり、未だ未知以外のものは、ない。
 ある日ほかの3人は大神島に行くことにしたという。
誘われたのだが、まだ、自分の中で時期がきていないのでことはった。
 その日は曇り。
帰ってきた3人に感想を聞いてみた。
 曇りの中フェリーに乗った3人が、大神に近ずいたとき、に空の雲が晴れて虹がかかったという。写真もみしてもらった。雨も降っていないのに虹がかかったこともあってか、ついたときには歓迎されてたと思ったという。
 その後お話は、ウタキには近ずけず。気持ちのいい場所があったという。
それを聞いても、なぜか、いけばよかったとは思わず。いくときはいくし、いけない時はいけないものなので、流れに任せることにして。
 車で遊びに行ったり飯をみんなで食べたり、誕生日ケーキを隠れて作ったり、友達がけんかして彼女が帰ってしまったり、平和な時間の中にいた。
 一人を除いて、シャーマンの人と、表意体質の人が帰る日が近ずき、前々から乗りたかった、バイクをレンタルして、久米島に行くことにした。その日は快晴でホンッとにっ気持ちいいドライブだった。久米への桟橋はエメラルドグリーンで叫びたくたくなるようなツーリングで、そこから大神が見える。夜になり、色々なことがあって、夜のツーリングに行くことになり、なぜか砂山ビーチに行くことにになった。無事に着き、ビーチのほうに降りていく。
 砂山ビーチはどくとくのびーちで、えぐれた様な形をしている。その左には洞窟がある。みんなは海の方を観ながら話、一人は無言、 俺の目は洞窟に引き込まれ、無数の人影が見えてしまい。早く帰りたいの一念にとらわれる。
 宿に帰り、最後だし、近くで飲もうということになり、宿を出ようとすると、海から無言だった、女の子は行かないという。なんで?何度かと聞くと、砂山の坂を下りるとき方を捕まれたという。そういえば、つんのめっていたのを思い出す。
 結局その子は宿に残り、ほか三名と、もう一人の子と合流してのむことになった。初めのほうは、普通にいろいろな話をしていたのだが、それぞれの体験や、大神のことや、砂山の話しになっていった。そこで、さっきの事を話、ほかの二人んも聞いてみると、胸騒ぎがずっとしていたらしく、一人は声も聞こえたという。それを懸命に話してごまかしていたのだという。
 こんな話をしていると、俺も含め、寒気をかんじて、いっせいに沈黙して、もうこういう話はやめよう。と、おひらきになった。
 台風が本島に近ずいているらしい。
もしかしたら帰れないかもねと、いっていたが早朝3人は帰っていった。
 もう一人の子と朝日をバイクで見に行くことになり、この日大神島によばれたのだ。
 f0032021_1372453.jpgf0032021_1374690.jpg
by sittemasuka | 2007-07-28 20:30 | 沖縄

神の島 宮古島

かれこれ2年前の話。(多少間違えてても勘弁願いたい)
 前半の濃い本島の旅を終え、色々な人との出会いで、宮古じまへ行くことになった。
こんな話を聞いた。宮古には行きたいと思っても、一生たどり着けない人がいるという。行こうと思っても、病気になったり、海が荒れたり、何かしらのことがあって、たどり着けない。そうゆう島や場所が沖縄には多数存在する。
 沖縄は神が近くにいる。ガジュマル木の中、森の中、岩の中、水の中、などなどに。
 沖縄には神社の鳥居の変わりにウタキがある。それは木だったり、場所だったり、色々で、詳しくは、ウタキ巡りで書くことにする。予断だが、インド、バリのご神木にも、ガジュマルの木がおおくある。
 宮古の港に降り立つと、本島とはまた違う、アジアの匂いと、どこかズレタ感覚がある。
普段は泊まらない系統の宿に友達と泊まることになって、友達とは別に、3人の縁で引き合った人たちに会い、ジャンベを叩きにきたはずが、どうやら違う方向へと流れていく。一人はシャーマン、一人は表憑依体質、一人は目に独特な光のある子だ。
 宮古のちかくには、大神島という島がある。神の島沖縄のなかで、大神島という名前の島。なぜだかわからないが、10年ぐらい前から大神島という名前の島が日本のどこかにあることは知っていた。でも、宮古に来るまで、まさか沖縄に大神島あるとはしらず、ここに来るまで、その名前自体も忘れていたほどだ。どうやら、呼ばれるというのはこういうことのようだ。この三人も同じで、大神の名前は知っていて、宮古に来て同じように驚いていたようで、そもそも、俺も含めて、なんで、宮古島に来ているのか解らないのだ。俺も当初石垣島に行く予定でだったし、他のみんなも違う島に行く予定で、宿も他の宿に泊まる予定だったことことが、だんだんわかってきて、 何かの流れに向かっていることが共通の感じのようだ。
 細かい流れがかなりあるのだが、長くなるので省く。
 ある日みんなと別行動で、砂山ビーチにジャンベを叩きに行った。
 前日シャーマンの人が行ってきたようで、昼間なのに気持ちが悪かったといっていたのだが。
シャカシャカ自転車をこいでジャンベを叩きに行くと、観光客がいっぱいで、すぐに引き返し、誰もいない、ジャンベのできる、プライベートビーチを探し民家を抜けて探していると、小道があって、お墓と民家をとおりぬけたところに誰もいない、岩のビーチを見つけた。
 すごく気持ちのいい場所で、180度海を見ながら10分ほど何も考えず、ジャンベを叩いていると、草を踏む音と、人の気配がして、家の人が来たのかと振り返ると、誰もいない、怖いとかそんなんじゃなくて、あれって感じで、気のせいかとまた叩いていると、また同じ気配と音がする。
やっぱりいない。それが1時間くらい何度も繰り返されるうちに、どうやら気配がふえてきている。もちろん怖くない。なんていうのか、あーそーかと、すごく自然のことのように納得できるのだ。
そのうち、近くの木を中心に気配がはっきりとしてきて、めちゃめちゃたくさんいるのだ。
見えないだけで、視線や息使いや声もはっきり聞こえるようになってきた。
どうやら、ジャンベの音が、呼び寄せたみたいだ。
このジャンベは特別で、オーストラリアのアジアンショップで出会い100キロのヒッチハイクを何度もしてかった、今までのどのものとも違う、ものなのだ。思えば、このジャンベと出会い、タスマニアから、不思議な世界があることに気がついたのだ。
 結局その中で2時間ぐらいジャンベを叩いていたのだが、この時のことは、はっきり覚えているが、どこか夢の中を思い出しているような感覚でその日一日頭がボーとしていた。
 これは、まだ始まりで、これから、色々なことが起こり始める。
 



  
f0032021_1352873.jpg

by sittemasuka | 2007-07-08 02:14 | 沖縄

続海と風の宿

宿の朝は大体9;00に始まる。
まず宿の掃除をしたり、さんぴん茶を補充したりする。

そんで、その頃、改装中ということもあって、壁を塗る。
この壁というのは、漆喰に、沖縄伝統の赤瓦に使われる赤土を練りこんで、
リューターで壁を削り、小手でこつこつと塗って行くのだ。
一段落すると、木を切って。
ねじで固定して、オイルステンをぬって棚を作る。

それから、俺のこの宿のメイン作業となってくる、
お客さんの夕食作りの買出しに行く。
この宿にはプロマジシャンけん料理長がいる。

俺も趣味で色々オーストラリアのバッパーとかで、
お金をとって料理を出したり、
友達には味も好評だったので、、なんだかわからない、
密かな自信みたいなものがあったのだが、
見事に打ち砕かれたのである。

料理長はホテルの下積みけいけんもあって、
包丁さばき、火加減、ポイントなどなどが、
しっかりしていて、ま~レベルが違うということで、

心を入れ替えて、ここで、さらに、レベルアップをもくろむことにした。

毎日色んな気になっていた、謎が解けて行き、チャーハンもパラパラになった。
週1回訪れる料理長の休みの日は一人で13人分くらい作る。
休憩時間には、海にジャンベをたたきに行く。
そんな生活はシンプルでよかった。
そんな中新しいスタッフ、ヨウコちゃんが加わった、
ヨウコチャンはカナダでNGOに参加しており、
移民の人々を今もカナダで助けている。

そんな中、今でも交流のある有名な監督とヒッピーライフの話をしたり、
有名なカメラマンの人に聞いた話は、
ジャーナリストから見た、日本の本当の姿、世界の現状の話は、
到底普通の生活では聞きえない、厳しいものだった。

やはり、日本のことも、日本の中にいるだけでは、情報操作、
国の圧力などがうごめいていることにきずけないものなのだ。
そして、いかに自分は何も知らないのかを知ったし、
日本というか、先進国としての責任を感じた。

それは、今までの常識とは、違うもので、本当に衝撃的だった。

宿にいるということは、人と会い語ることなのだ。

人には当たり前だが、色々な毎日がある。
いつもプラス思考で、理想を追い求める人。

電気のないヒッピーコミューンで生活したことがあり、、
今では有名な映画監督のひと。
この人のいってくれた、あせらず、30歳からでも、
道は切り開けると言ってくれた言葉は、
何をしていても、もう23だとか、人生をあせっていた自分にはとてもとても
気持ちを楽にというか、今を見ることの大事さを教えてくれた。

毎日毎日ヘノコの基地反対の座り込みににいくひと。
生まれてから一度も働いたことがない人、
コノ人との出会いは実に衝撃的だった。
コノ人と話していると、心がおだやかになる。
言葉はゆっくりで、とげがなく、、、、、ン~説明が難しいが
結構高齢なのだが、無邪気で、素直で、キレイな目をした人なのだ。
こんな風に不純物が混ざらずに、歳を重ねているこの人は素敵な人なのだ。

導線を抱えて、北海道から電気の修理をしにきてくれた人はいつもわらっていて、
今は3分の1はタイにいる素敵な人。
民俗学の記事を書いている、
無邪気で屈託のない素敵な人。

これは、前半で、まだまだ後で、尊敬できる大人の人が出たくるのだが、
ここにいると思う。

くだらない、人の中傷や、人を傷つけるようなことを言う人がいないのだ。
皆言葉を選んで話しているし、
人間のいい面の優しさを自然に出せる空間があるのだ。

逆に言えば、本当の意味でわがままな人はここにはいられないのだろうと思う。
ここは成田さんが言う、(楽園)の一つの形なのだろうと思う。       


                             つつ”く




f0032021_152847.jpg



f0032021_2311817.jpg

by sittemasuka | 2006-02-24 01:00 | 沖縄