厳選したヨーロッパのタンニン鞣しの革を中心に使い、一点物の総手縫いの革小物の制作・販売をしています。leon


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キャンピングカーの旅 ウエスタンオーストラリア

2年前のことなので、記憶が曖昧だが、久しぶりにオーストラリアについて書く。
 ランゲージスクールの友達3人とその友達一人を含めてウエスタンオーストラリアを旅行しようと言う計画を立て、楽しかったランゲージスクールの卒業式にバックパックをしょって、学校に来ている。
無事卒業式を終え、もう二度と会えないかもしれない人たちに別れを告げて、目指すはドルフィンキャンパーバン。
ここまでが大変だった、日程の計算、予算、見所のピックアップ、安いキャンパバンの手配を一人でやったからだ。なぜか分からないが、皆動かないので、一人忙しい毎日を送りながら、間に合った。
電車とバスを乗り継ぎ、オフィスに着く。ドルフィンキャンパーバンは何と一日100ドルで4人のりよう。コンロ、トイレ、冷蔵庫が付いた機能的な車なのだ。契約を終えて、ドルフィンは走り出す。初っ端いきなり高速を間違え、わけの分からない道を走っている。どうやら上に行くはずが、右に500キロほどずれた街に来ていると気付く頃には5;00を回っていてカンガルーお出ましタイムを1時間も走っている。俺ともう一人は草むらの影からカンガルーこんにちわがないか気が気ではない、皆で相談して明日遅れを取り戻せるルートのでかい町のキャラバンパークまで向かうことにした。それから日は暮れ闇夜を1時間走って何とかクロスにたどり着いて、キャラバンパークを地図で探して、到着。キャラバンパークと言うのは電気が補充出来て、シャワートイレ、ランドリー、フリー鉄板場所によってはキッチンが着いているところまである。
わけの分からぬままわけの分からぬ英語で何とかここで泊まれるようだ。
早速買いだめしてきた食材で料理を作って、皆で食べた。無数に落ちているカンガルーの死体、
ランゲージスクール、これからの旅、明日の道に関して。
次の日は順調に昨日の遅れを挽回してカルバリナショナルパークの近くまで何とかカンとか、たどり着いて、次のひカルバリ渓谷を目指す。このカルバリ渓谷はちょっと、太字で書いてあるだけのところなのだが、四国と同じ広さの面積を持つところなのだ。
この辺りまで来ると昨日まで見てきた牛、馬、羊、草原、牛。。。。。。。の景色とは違い、切り立った岩山の景色になってきた。
車をパーキングに止めて13キロぐらいのトレッキングコースを歩くことにする。初めは何とかウィンドやらなにやらで写真を撮った。上に上ると下には川が流れていて、切り立った茶色の層になっている崖にかこまれている、壮大な景色が目の前に現れる。道を歩いて行くとところどころにそこに乗ったら崩れるかもよ的な岩があって男三人は度胸試しをしながら歩いて行く。少しすると下り坂になってきて川のほとりまで降りていける場所に下りたさっきまでいた場所ははるか彼方なのにまだ、5分の1も歩いていないのだ。。。。。。。。。。。。。
とりあえずここで昼食とることにして、朝作ったお弁当を皆で食べる。あー大自然の中の飯は旨いと崖を見上げていると、崖の上に子ヤギがいてメーーーーーーーーーーー!!!!!!
メーーーーーーー!!!!!!!と、どうやら助けを呼んでいるようだ。しかし、どうやって、この切り立った崖のほんのわずかな足場に4速歩行のやぎがいるんだ。。。。。。。?
と思ってみているとメーーーーー!!!メーー!!メメメメメメーーーーーーー!!!とどこからともなく聞こえてくる。しばらく探しているとどこからともなくヤギがヤギを連れ立って、やってきている。恐ろしく切り立った崖を散歩の途中みたいに器用に子ヤギのもとへよってくると、安心したのか、子ヤギは親ヤギのもとへ駆け寄って行く。こうしてメメメメメーーーーーーーーーーー!!と再開を喜びヤギ一家はさっていった。ほほえましいのはここまででそこからはハエの大群と切り立った崖、砂の道に行く手を阻まれ、合宿かこれは!ミタイな道を永遠に歩いて歩いて歩いて、、、、、、もとの道に戻ってきた時には疲れていたが、なんだかんだで、面白かった。
そして、車に乗り込み、120キロつつくシェルビーチに向かう。
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by sittemasuka | 2006-09-28 23:21 | 夢の島オーストラリア

神とジャンベの島バリへ

色々な出会いがあって、初めはオーストラリアの友達から。(カンボジアで会った2人の友達から)バリを目指すことになった。ジャンベをGETしに。
カオサンでビザ代含めて、ガルーダインドネシア3ヶ月オープンのチケットを大体4万円ぐらいで手に入れて、*バリのビザはツーリスト1ヶ月賄賂で6カ月までのばせる。
ついにバリへ向かう。
運よく89月はベストシーズンなのだ。
夜10時にデンパサール空港に降りたつ。空港には沖縄のように、やしの木が揺れる。
とりあえずクタを目指そうと思いながら一服しているとバリ人のタクシードライバーが法外な値段といっても、10ドル。だが、プラマのシャトルバスで1万ルピアでいける。まー1ドルちょい。
だが、この時間べモも、シャトルバスもないので何人かに交渉しているとわかった5万ルピアでいくというので、マーいーかとタクシーに乗ると、50万だとほざきだした。お前はあほか?といって、タクシーをで、個人タクシーのおっさんたちをふりきり空港のリザベーションにいくと4万500で行くというんで、頼んでもらった。
バリ人にむかついたのはこの一件と後のうそつきヒンドゥーだけで、この辺りでは、ラオス、インドネシア人がめちゃめちゃいい奴らだった。ラオスは素朴な良さ。バリ、ジャワはとにかくフレンドリーなのだ。
何はともあれ、めぼしをつけていたロスメンをタクシーの運ちゃんに言い、車は走る。10分ちょいでクタのメインストリートに着くとスターバックスありマックありレストランあり、ドルチェアンドガッパーナなんかも立ち並ぶえらい都会に見えた。その時は。。。
路地のうらまではは入れないということなので、歩いて宿までたどり着き、値段を聞くと、シングルルーム、水シャワー、で3万5000ルピアでちょっと高い気がしたが、これ以上さがすきにもならないので、部屋をみしてもらって、きれいだし、広いのでここにきめて、とりあえず、タバコを買いに、コンビニへ向かう。夜一人で歩いていてもぜんぜん平気な街は言いなーと、バリタバコを数種類買うとガラムのようにほとんどが甘い香りを放つ。
それにしても、夜水シャワーを浴びると寒い。。。。バリの朝夜は寒い。
次の日、まずはジャンベを買いに街にいくことにした。
とりあえず、レギャンビーチにをプラプラしているとマッサージおばさんタトゥーおじさんお土産オジオバに囲まれて、ものを見てもいいものがないんで、断わってもひつこい。。。。とりあえず、
何をしているんだと聞かれたので、ジャンベを探しているというと頭を金髪に染めたバリ人がやってきて、俺の友達がジャンベショップをやっているというので、ついて行くことにした。
そんで、後に遊び友達になるエディー一行と会うことになる。
また、いつものように、他の日本人はなんで話しかけても無視して行くんだ?ときかれた。
エディーの店に着くと皆店の前でジャンベを叩いている。エディーがまたうまいんだ!!
とりあえず何個か叩いていると、ラスタカラーのデザインが入ったヤギ皮のジャンベの音が良くて、他の店にも行ってないのに、これだ!とまさに出会いでこのジャンベを買うことにした。後にウブドやら何軒もの店でジャンベを叩いたがやっぱりこれが良かった。
値段は1ミリオン7ハンドレット約2万円*バリのジャンベアベレージは1万円とか8000円一番でかいサイズ。
何か、このジャンベだったらこの値段でいいやと思い他にラスタカラーのケースと、ストリングを締める道具をつけてもらって、atmに行き金を下ろして買った。やっとmyジャンベが手に入ったのだ。まさにこいつに出会うためにバリに来たのだろう。
明日5時に店が終わったあとスミニャックのほうで練習するからくるか?と言われたので、約束をして、また、バイクに乗り、ラジカセを探しに行くことに、色々店を回り少しでかめの、ラジカセを50ドルぐらいでかってワルンに飯を食べに行った。ワルントいうのは屋台のことで、5000ルピアぐらいでめちゃめちゃ旨いナシゴレンが食べられるのだ。ワルンめしは後々思うのだが、タイよりも旨いのだ。
その後、ボンティーと言う店で、ジャンベのライブを見に行った。ジャンベ4人ジュンジュン、ケーナ、ディジュと最強に良くて、オーストラリアを思い出した。その日は夜中に帰って、寝た。
次の日、海にジャンベを叩きに行くことにした。だが、レギャンは落ち着いて叩くところがなく、街のマーケットに服を見に行くことにした。
その中で仲良くなったバリ人とジャンベを叩いて4;30までずっと話していたら約束の時間にまにあわなそうだったのでバイタクを捕まえてエディーの店へぎりぎりに着いて、他のジャワ人にジャンベを教えてもらって、エディーのバイクに乗ってスミニャックの方のエディーのグループのところに行った。そこにはジュウンジュウン3人他にジャワ人とヨーロピアンのジャンベ叩きがいて、めちゃめちゃ楽しそうに街の真ん中でめっちゃいい音楽を奏でていた。
その後エディーの弟の家に行ってご飯をご馳走になり、色々はなして。家まで送ってもらった。
また行く約束をして。
その後何日か他の場所であった、サーファーやジャンベ叩きや、元ギャングのやつらと色々ジャンベを叩いたり、飲みに行ったりして、1週間は飛ぶように過ぎていった。。。。。。。
皆ほんとにいい奴らでバリいいなーと思いつつ、約束しては色々なところに行っていて、少し寝不足だったので、ウブドに行こうと決意する。その前の晩バリ人と遊んでいる日本人のもとバッパーの人と会って一緒に飲んで、ビリヤーッドをしたりして話しているうちに、ウブドはメッチャいいというので、このままだとクタで終わってしまいそうなので次の日バイクの運ちゃんとデンパサールに行き、次の日アーティストの村ウブドを目指す。
 

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by sittemasuka | 2006-09-25 16:06 | アジア旅行記

ハートフルフェスティバルIN埼玉

この前埼玉スタジアムで友達がファイヤーダンスをやり、ジャンベを叩いてきた。
 待ち合わせの、浦和美園という駅に降りてスタジアムに向かう階段を下りていくと、日本とは思えない光景が目に入ってくる。ポイとスティックをまわす怪しいかっこをしている人たち。
一人はオーストラリアの半ラウンドを一緒にしたマッチョ。タスマニアでチラッとだけあったラスタマンその友達のヘンプだらけの男。
皆で話していると、日本にいることを忘れられた。これは一般人と価値観がズレた共有感なのだろう。
友達の車で会場にたどり着くと思っていたよりでかく、怪しい人たちは居なくて、まじめな家族ずればかりなのだ。
関係者の人に飯をおごってもらって、舞台裏にひっこんで何の打ち合わせも練習もないまま、出番を待つ。前の出し物はたまねぎやら、老けたシンデレラのライブというか歌謡ショー。。。。。。
 まーとにかく出番が来て俺はイスに座り紹介の挨拶もしないでお客さんの前で打ち合わせをして、スタート。
もう、客はどうでもよくて叩きたいように叩いて楽しかった。
ただ、イスが高すぎてジャンベが何度もずれて大変だったが、皆楽しそうで、こんな遊びがいいなーと改めて思った。
その後謎のゴレンジャイと写真を撮って、
皆で話していた。
その後代々木公園に行ってジャンベを教えてもらって、楽しかっつた。f0032021_23323838.jpg
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by sittemasuka | 2006-09-22 22:58 | 民族楽器

バイヨン微笑み。。。。。アンコールの夜明け

2日目は、自電車がだるいので、こっちであった友達と、トゥクトゥクに乗り込み、アンコールワット、アンコールトムの周辺を行く。
今日は普通に起きたので、あまり眠くない。二度目のアンコールはなんだか、1回目のアンコールより落ち着いて、何気ないところに目を向けられてよかった。
もう一人の彼が神の領域に上っている頃、階段の下でパカパカ叩いていると、プノンペンから来たカンボジアの人に話しかけられた。どうやら彼は音楽が好きらしく、ドラムの音が聞きたかったらしい。彼に進めると照れながら、カンボジアのリズムを奏でてくれた。
君はフレンドリーだねとまた言われた。
どこに行っても思うのだが、なぜか日本人の多くは、外国に来て、外国の人に話しかけられると、挨拶すらも返さずに、シカトして通り過ぎて行く。。。。地球の歩き方のせいかもしれないけど、話してもいないうちに、だまされるとか、危ないとか思い込んで黙ってサーと挨拶も聞こえないふりをして通り過ぎて行く。 現地の人と話している時にそれをやられると、なんだか寂しくなる。いい人や出会いを沢山逃がしている気がする。
彼は一緒に来ている彼女と結婚するらしい。もうかれこれ10年付き合っているらしい。彼は25歳で青春の大半を一緒に生きてきた人と結婚するのだ。何か素敵だなーと思った。
一通りお互いのことを話したころ神の領域から降りてきた彼と合流して、アンコールトム周辺へ。
その頃には空は今にも雨をこぼしそうだった。
まず、バイヨン寺院向かうことにした。正面につくと、トゥクトゥクのドライバーがこの辺は遠いから別料金だと言い出したので、半ギレで最初にこの辺まで9ドルだと言っただろうが!とヤツを納得させるのに、時間を使ってるうちに、霧雨が降り出した。
正面で写真をカシャカシャ撮っているうちに、スコールと言うか、嵐が吹き荒れ、中に入り、バイヨンの微笑を見ているとなんだか不気味だった。他の寺院と違い、開放感はなく、何だかこの寺院は要塞のような雰囲気があるのだ。それに無数にある微笑みを称えた石造が周りを囲む。
横から上から雨が吹き込んでくるので、とりあえず、トゥクトゥクのそばの店に走って戻る。
ここでずっと探していた口琴を見つけ、2でミヨンミヨンやっているうちに、雨はもういいかっと小ぶりになった頃、隣の店でクメールシルクのシャツに着替えて再びバイヨン寺院に行って帰ってくると、すでに5;40分でこの辺はもう閉まる時間なので、宿に帰ることにした。
その夕方、カンボジア人と友達になり家に行った。その家に行く途中は、シェムリのメインの道とはかけ離れていて、外国人も居なければ,ボコボコの道が広がり、観光地との違いと生活の違いがどうしても、貧富の差を考えてしまった。
家について兄弟を紹介され、水を出してもらった。その水はドアのそばに置いてある茶色の水で、正直食中毒が怖かったが、ここで断ったら悪いので、ありがたくいただいた。
当たり前だが、現地の人はミネラルウォーターを飲んでいるわけはない。いったい世界で安全な水が飲める国はどのぐらいあるのだろうか。。。発展途上国のほとんどの人は水で病気にかかり、命をおとしている。
彼は同い年ぐらいで兄弟4人を一人でやしなっているのだ。俺たちがむきになって、値切っている金のほんの何百円でも彼らには大きいお金なのだと思った。しかし、値切るなと言っても、バッパーには無理だが、何十円ならいいかなと、少し思うようになった。
次の日前回の教訓を生かし、5:20分に他2名とトゥクトゥクに乗り込み、真っ暗なうちにゲートをくぐり、正面左のアンコールワットが水面に映る場所で、場所取りをして朝日を待つ。
やがて空は青く染まりだし、アンコールを青く染める。やがて雲はかかっていたが、黄金色に世界は包まれて行く。。。
次第に夜はあけ、気持ちのいい朝の時間が辺りを満たし、何だか満足して、もういいかなと、他の遺跡を見ることなく、アンコールワット券最終日は終わった。タップロームなどは見なかったが、充実感が満たしていた。
また来ようと思った。


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by sittemasuka | 2006-09-20 18:28 | アジア旅行記

夜明けのアンコールワット バンテアイスレイ音楽団

朝4;30に本当に何とか目覚ましで目が覚めた。今日やっとアンコールワットへ行くのだ。
80%以上死んだ頭でゾンビのように玄関に出る。ちょっと一息のつもりが何と空はすでに白み始めているではないか!!!
これはまずいと、自転車を借り、7キロ先のアンコールワットに向けシャカシャカシャカシャカカカ
ー!!!ともうダッシュしているうちにどんどん空は白んで行く。。。。何とか入場ゲートに着き、急いで写真を撮り、3日券¥40ドルをもぎ取られ、さらに急ぐ!
目の前に湖が広がり、遠くにアンコールワットらしきものが見えてくる。
やがてアンコルワットに繋がる橋が現れ、ゲートの向こうはアンコールワットだ。
急いで自転車を止め、いざカメラ片手にアンコールにと小走りに向かうのだが、ゲートの前のガードマンというかチェック係の男に呼び止められ、パスを見せてくれと言われ、一刻も争う時間に半分切れ気味にパスを見せ、ダッシュする。
もうこの時間には客朝焼け目当ての観光客がぞろぞろ居るのだ。
人ごみを掻き分け、ゲートをくぐると、ついにアンコールワットが遠くに見える。
感動する前に結構明るくなっているアンコールワットのベストアングルを探し求め、走りに走って、カシャカシャ取りながら進んでいるうちに中に入ってしまった。またカサカサ小走りに中へ入り、シャッターポイントを探しているうちに、アンコールワットの回路を抜け神の領域へと通じる、階段まで入ってしまった。もう近すぎて、取りたいアングルでもないので、人気のないところに腰を下ろし、朝日があがりきるまで、アンコールワットをただボーット見上げていた。
まだ実感が湧いてこない。。。。
日が昇りきる頃に、思っていたより、かなり急な階段を上りかつて聖域だった場所に足をふみいれたが、正直聖域としての厳かさは感じられなかった。
また、急な階段を降り、いったん外に出てみる。
アンコールの裏には人も居なくて人気のないアンコールをボート見ているうちに、やっと俺はアンコールワットに来たのだと思えた。あの一之瀬泰三があこがれつつ”けたアンコールワットへ。
その後ラーマヤナの壁画を見ながら正面の玄関に出て、再びカンボジアの太鼓を求めて、近くの小さなおみやげ物街に行って、片っ端から叩きに叩いて、2個目の太鼓を手に入れ、
橋を渡り、自電車を置いたところに戻る途中カンボジア人に話しかけられ、話しているとこっから、15キロ離れているところに、バンテアイスレイと言うヒンドゥー寺院があるらしい。
なんやかんや20ドルを8ドルにしてもらって、バイクでバンテアイスレイに向かうことになった。
走っている途中もカンボジアやいろいろな話をしながら15キロに思えない、長い道のりを走っていく。
バンテアイスレイにつくと、レストランがあり、安くしてもらって、2時間ぐらいはなしていたようで、時間がなくなりそうなので、パスをみせ、中に入ると美しいレリーフが広がっていた。
写真を撮りながら、とことこ歩いているとやつが現れ、俺はカメラマンになりたかったんだと、カメラを奪い、シャッターを切りまくるので、あまり写真は取れなかった。
そうこうして歩いている途中どこからともなく音楽が流れてくる。
何だ何だと音のするほうにダッシュするとカンボジアの楽器のバンドが居た。その音は、中国を思わせる音でとてもとてもキレイな音を奏でていた。それもその人たちは体のどこかに障害を持つ人たちで、腕もない人もいるが、それを思わせないような器用さで、音楽をかなでている。
なんだか感動した。やっぱり音楽には何の境界線もないんだなと思った。
早速太鼓を片手に混ぜてもらい、つたないセッションをして、本当にいい時間をすごせた。やっぱり音楽はいいなと思った。そのあと、一之瀬泰三の亡骸が発見されたと言う場所に行ったのだが、そこには日本語で一之瀬泰三と書いてある墓らしい石がおいてあり、なんだか信じられないで居ると、近くの小屋に連れて行かれ、泰三の両親が来たことが書いてある新聞をjみせてもらった。ここがもし本当に泰三の眠る場所なら泰三はアンコールワットにたどりつけたのだろうか?
ここからアンコールワットへは20キロ離れている。この辺一帯には当時クメールのゲリラが当然居たに違いない場所なのだが。

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by sittemasuka | 2006-09-16 02:04 | アジア旅行記